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2005年8月13日 (土)

クロアチア紙によるピクシーへのインタビュー

piksi2 ピクシーことドラガン・ストイコヴィッチが、ツルヴェナ・ズヴェズダ会長としてクロアチアへとやってきたことを受けて、クロアチアの各紙は彼のインタビューを掲載しています(ex.Vecersnji-list紙)。ピクシーにとってザグレブはユーゴスラビア代表デビュー(対フランス・1983年)の地であり、かつてはミロスラフ・ブラジェヴィッチ監督がプリシュティナで兵役をしているピクシーをディナモ・ザグレブへと引っ張ろうとした経緯もあるそうです。

試合前日にピクシーはインテル・ザプレシッチとクロアチア・サッカー協会のトップと有名レストラン「Okrugljak」で夕食を取り、その際にSportske Novosti紙がインタビューした記事がありましたので翻訳紹介しましょう。

「クロアチア・サッカー協会の幹部とは素晴らしい協力関係にある。とりわけ3年10ヶ月もの間、セルビア・モンテネグロ・サッカー協会長を務めた頃からね。」
-セルビア・モンテネグロは?
「ワールドカップ予選はスペインが優位に立っている。今年6月、ベルギーにホームで勝てなかったことが残念でならない。グループリーグには他にボスニア・ヘルツェゴビナ、リトアニア、サンマリノがいね。ペトコヴィッチ監督は最大限努力しているよ。」
-クロアチア代表は?
「とりわけ強いと見ている。貴方達はワールドカップ進出に問題はないだろう。チーム作りは素晴らしいし、間違いなくドイツへと行くだろうね。」
-とりわけ評価している選手は?
「何年か前にロベルト・コヴァチを観た時、私は直ぐに"彼は驚異的な選手となるだろう"と言った。その通り、現在では最高級のディフェンダーだ。ダド・プルショも印象的だ。人間性かつスポーツにおける美徳もあって彼は開花したね。」
-ヴァトレニで連絡を取り合っているのは?
「ボバンとシュケル、ヤルニ、プロシネツキとは連絡を取り合っている。ボバンとは今年5月にリスボンでのUEFAカップ決勝スポルティングvs.CSKA戦で隣り合って座った。(CSKAに)クラシッチ選手がいることから私はリスボンに行ったのだが、そこではオリッチ選手とも知り合ったよ。」
-2012年のクロアチア-ハンガリーのユーロ共催立候補に関しては?
「もちろん開催地レースに勝つことを望んでいるよ。」
-セルビア・モンテネグロの国内リーグは?
「全てがズヴェズダとパルチザンを中心に回っているね。」
-ズヴェズダは優勝できるか?
「できるし、しなければならない。私は一日20時間クラブにいるが、今は私の多くの仕事を分担するよう経営委員会を形作っているところだ。8月4日にはトヨタがメインスポンサーとなり、トヨタの名前をユニフォームの胸に乗せることになった。」
-日本から戻ってきた後はどこで生活したのか?
「パリだよ。子供の教育のためにね。アンドレヤ(16歳)、アニャ(14歳)、マルコ(12歳)は英語が実質的な母国語となっている。最近は娘二人だけでニューヨークに二週間行っていたよ。今は子供達全員と妻のスネジャナはスベティ・ステファン(モンテネグロ)に滞在している。あちらには別荘があり、13mのモーターボートは一昨日進水したばかりだ。今週末には私もあちらで泳げることを願っているよ。」
-ユーゴ代表の想い出は?
「今でも1990年ワールドカップでフィレンツェにてアルゼンチンにPK戦で敗れたことを悔やんでいる。我々は準決勝進出に値したチームだった。オシムは素晴らしい戦術家だったし。」
-故郷のパシ・ポリャーネ(ニシュ近郊)には?
「私の父、母、そして妹(姉?)が住んでいる。もしベオグラードでの仕事の義務、パリでの私的な義務から解放されれば時折は故郷を訪れるよ。」
-ズヴェズダ会長職はボランティア的だが、自身の生活源は?
「私は名古屋グランパスのテクニカル・アドヴァイザーであり、義務として一年間に二度は名古屋に訪れる契約となっている。もちろん電話ではいつも連絡を取り合っているよ。しかし、彼らに選手を売却することはないし、代理人業に手を染めるつもりもない。しっかりと給与を払ってくれているし、私が破産することはないだろう。破産が起こってしまうほど私は狂ってないしね。」
-インテルとの試合前にデリエ(ズヴェズタ・サポーター)と話し合いがあったわけだが。
「彼らには挑発や暴力、愚かなことはせずに正しく振舞うように言っておいた。第2戦ではインテルがスポーツ面の全条件が満たされるよう、我々が彼らの正しい振舞いを徹底するのを理解せねばならない。緊張はいつもあるが、ライバル心ならば望ましいものだ。」
-国内の政治的混乱に関しては?
「政治に関わるつもりもないし、興味を持っていない。誰もが自分の国民の生活が良くなるよう願うのは当たり前のことだけどね。政治家達は責任という重荷を背負わなくてはならない。そして民主主義で選ばれた政治家達は、信用を形にしなくてはならない。与党にも野党に親友はたくさんいるが、誰がどこの政党かなんて私にはまったく影響することではない。」
-もしモンテネグロがセルビアと分裂したならば?
「私の頭の中も心の中も、何も変わることはないだろう。すべてが穏やかに終わることだけだ。国民投票で人々は自分の考えというものを明らかにするだろう。モンテネグロの私の友人はたとえ国家が分裂しても友人であり続けるよ。」
-貴方にとってザグレブは?
「ザグレブでの私は素晴らしい気分だ。ここに来てからというもの、まるでベオグラードにいるかのように全てが最高だ。自由であるし、落ち着いているよ。」

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