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2006年3月17日 (金)

ハイドゥクのボナチッチ監督、金属バットで襲われる

bonacic3月15日夜、ハイドゥク・スプリトのルカ・ボナチッチ監督(写真)が自宅前で覆面の男二人に金属バットで襲われ、重傷を負うという惨劇が起こりました。
犯行は先週土曜日のスラヴェン・ベルーポ戦の内容と結果に不満を持ったハイドゥク・サポーターのトルツィダとされています。前回のニュースでも触れましたが、降格が掛かっているベルーポと上位6チームによる決勝リーグ進出にあと勝点1だけ必要だったハイドゥクは試合前から意図的に引き分けると噂され、1点ずつ取ったあとはお互い消極的となり1-1のドロー。試合後に80人ほどのトルツィダがスタジアムの正面入口に陣取り、「魂を売った」と叫んで抗議行動を起こしていました。
ボナチッチ氏は一ヶ月前にハイドゥクの監督に就任し、低迷するハイドゥクを立て直した指揮官。引き分け試合ののちに「サポーターは不満となる権利はあるだろうし、プレッシャーを与えていいだろう。しかし彼らは誰かに押しかけて攻撃するだけだ。」とトルツィダを批判したことが報復を受けるきっかけになったとも見られます。ボナチッチ氏は金属バットで頭部を数発殴られ、背中と腕にも傷を負いましたが、命に別状はないとのこと。
ボナチッチ氏は一日後には取材陣に答え、「この先も恐れることはなく、自分の仕事をするだけだ。暴行にトルツィダが絡んでいるとは信じたくはない。これはプロフェッショナルな暴行だ。他に心当たりはあるが、それは警察に言うことだ。」とコメントしています。
またハイドゥクのグルギッチ会長には「次はお前だ」との匿名のメッセージを受け取ったとされています。クロアチア・リーグも相当キナ臭くなってきました。

色々と移籍関係のニュースをまとめてみましょう。

leko クロアチア代表MFイェルコ・レコ(25・写真)にモナコが関心を示しております。レコは今季でディナモ・キエフと契約が切れるわけですが、契約延長しないことから現在はトップチームから外され、サブチーム(ディナモ2)でプレーしています。アンドリー・シェフチェコの代理人であるオスカール・ダミアーニがシェフチェンコにレコのディナモでのプレーぶりを聞き、ダミアーニが知人関係にあるイタリアの代理人であるセルジオ・ベルティにそれを伝え、ベルティがモナコに売り込みを図ったとフランスでは報じられています。

3ヶ月前にシュトゥットガルトから1FCケルンにレンタル移籍されていた元代表DFボリス・ジブコヴィッチが、ケルンで戦力外になると報じられています。ブンデスリーガで25試合56失点という最も悪いディフェンスを持つケルンは、元浦和のアルパイとジブコヴィッチの二人をセンターバックに据えていました。先のニュルンベルク戦では守備が崩壊して3-4と敗戦。ハンスペーター・ラトゥール監督はそれぞれPKを与えたジブコヴィッチとアルパイを試合途中にベンチへと下げ、彼らも試合が終わる前に帰ってしまいました。ラトゥール監督は「この試合がアルパイにとって最後だとは言えない。しかしもし彼なしの方が強いという感触を持つならば、アルパイはチームにいることはないだろう。ジブコヴィッチは長く待ったものの、本当の調子を取り戻すことができない」とコメントしています。

98年W杯のクロアチア代表でもあったFWペタール・クルパン(31)がリエカとの契約を解除し、中国二部の南京と契約を結んでいます。
また同じく中国への移籍としてリエーセ(ベルギー)に所属していたFWゴラン・トミッチ(29)がHenan Constructionに2年契約で移籍しています。

ちなみに財政危機にもあるリエーセからは次々とクロアチア人が離れており、元セレッソ大阪のFWクルノスラフ・ロヴレク(26)がクロアチア二部のクロアチア・セスベッテに移籍しております。
Jリーグつながりでは昨年に湘南ベルマーレでプレーしてといたMFゴラン・ルビール(25)が、リエカに加入する見込みです。既に練習には参加しており、約10日後にJリーグからの書類が届けば契約となりそうです。

ディナモ・ザグレブは3月3日にブラジル人MFジュニオール(19)と契約、今週にブラジルから書類が届き、クロアチア・リーグに出場できることとなりました。急速にブラジル化を進めるディナモにとっては現時点で5人目のブラジル人選手となります。マミッチ副会長は「ロナウジーニョのような選手だ」と語るように、167cmで多彩なテクニックを持つ攻撃的MF。火曜日のハシュクとの練習試合にも出場し、観客を喜ばせました。トップ下のほか、左右のハーフでもプレー可能です。

3月3日にニヨンで2008年欧州選手権のグループEの試合スケジュールが決定しています。2月23日にザグレブで話し合いが行われたものの、その時にはロシアが最後まで合意せずに物別れに終わっていました。試合予定は以下のようです。
[(H)はホーム、(A)はアウェー]
2006年9月6日   対ロシア戦(A)
2006年10月7日  対アンドラ戦(H)
2006年10月11日 対イングランド戦(H)
2006年11月15日 対イスラエル戦(A)
2007年3月24日  対マケドニア戦(H)
2007年6月2日   対エストニア戦(A)
2007年6月6日   対ロシア戦(H)
2007年9月8日   対エストニア戦(H)
2007年9月12日  対アンドラ戦(A)
2007年10月17日 対イスラエル戦(H)
2007年11月17日 対マケドニア戦(A)
2007年11月21日 対イングランド戦(A)
ズラトコ・クラニチャール監督は
「初戦をアウェーでロシア戦、また今年中にホームでイングランドと対戦したかった。また2006年11月にイスラエルへのアウェーも確定した。これら全ては私たちの意見が通った。エストニアでのアウェー戦とホームでのロシア戦の間は4日間しかないが、相手だって楽ではないだろう。」
とコメントしています。

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